2014年 04月 05日
街の魚屋さん |
日本の街における鮮魚店は、次第にその姿を消しつつあります。
久喜でも駅西口方面で2店舗も閉鎖してしまいました。
そんな鮮魚店ですが、外国での存在はどうかと言うと、鮮魚販売の専門店は極めて少数派です。
わずかにこの店の通り、トルコのイスタンブールとアンカラで見かけたぐらいでしょう。
外国では市場の中に鮮魚コーナーがあるのが一般的と思われます。
その鮮魚店ですが、実は私の小中学校の同級生の実家で営んでいたケースが、ある意味では異様に多く存在しました。
井上、宮城、宍戸2軒、守屋、青柳、日野、斎藤などなど、思い出せない店も考慮すると10軒以上はありました。
我が古川市は「海なし市」というのにこの多さです。
現在はそのほとんどが廃業してしまいましたが、今でも昔スタイルで頑張っているのが「守屋」さんの店。
業態を鮮魚炉端焼きに代えて大成功したのが「井上」さん、名前は「三陸」と変えて古川駅前で大繁盛しています。
栄華盛衰は様々ですが、昭和は確実に遠くなってきていることを実感する出来事でしょうか。
久喜でも駅西口方面で2店舗も閉鎖してしまいました。
そんな鮮魚店ですが、外国での存在はどうかと言うと、鮮魚販売の専門店は極めて少数派です。
わずかにこの店の通り、トルコのイスタンブールとアンカラで見かけたぐらいでしょう。
外国では市場の中に鮮魚コーナーがあるのが一般的と思われます。
その鮮魚店ですが、実は私の小中学校の同級生の実家で営んでいたケースが、ある意味では異様に多く存在しました。
井上、宮城、宍戸2軒、守屋、青柳、日野、斎藤などなど、思い出せない店も考慮すると10軒以上はありました。
我が古川市は「海なし市」というのにこの多さです。
現在はそのほとんどが廃業してしまいましたが、今でも昔スタイルで頑張っているのが「守屋」さんの店。
業態を鮮魚炉端焼きに代えて大成功したのが「井上」さん、名前は「三陸」と変えて古川駅前で大繁盛しています。
栄華盛衰は様々ですが、昭和は確実に遠くなってきていることを実感する出来事でしょうか。
by wasitaka
| 2014-04-05 17:43
| 日食べ物
|
Comments(2)
Commented
by
壽
at 2014-04-05 22:22
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個人商店がコンビニになり、スーパーになり、つぃにはario
鷲宮とかAEON美園のような超大型店、はたまた、車でしか行けない遠いアウトレット店に変貌してしまいました。効率的経営を追求すればこうなるのは仕方がないのでしょうね。
今時”乾物屋”って何って聞いても40歳以下の人は知らないでしょうね。ただ不思議なのは床屋さんだけは今でも個人でやっている店が多いです。"床屋"も殆ど死語でした。
鷲宮とかAEON美園のような超大型店、はたまた、車でしか行けない遠いアウトレット店に変貌してしまいました。効率的経営を追求すればこうなるのは仕方がないのでしょうね。
今時”乾物屋”って何って聞いても40歳以下の人は知らないでしょうね。ただ不思議なのは床屋さんだけは今でも個人でやっている店が多いです。"床屋"も殆ど死語でした。
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by
wasitaka at 2014-04-06 19:04
>壽さん、これは世界的な趨勢で、最近訪問した国ではウクライナも含めて同様です。
個人的には便利になっているのですが、商店主にすれば堪ったものではありません。しかし久喜市や栃木市の商店街を歩いてみると、工夫している商店はしっかりと生き残っていますね。
乾物屋のことは知っているかどうか、息子たちに聞いてみようと思います。
個人的には便利になっているのですが、商店主にすれば堪ったものではありません。しかし久喜市や栃木市の商店街を歩いてみると、工夫している商店はしっかりと生き残っていますね。
乾物屋のことは知っているかどうか、息子たちに聞いてみようと思います。